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アルゼンチン在住ライターの日々の想いイロイロ

泣き虫セドリックの卒業まで その2

セドリックの転校の可能性を模索して、ダーリンとピカが学校探しを始めました。

幸いアルゼンチンの小学校は日本のような学区制ではありません。どの地区に住んでいるかは関係なく、空きさえあればどこの小学校へも行くことができます。小学校へは親が必ず送り迎えをするので、家の近くの学校ではなく、親の職場近くの学校へ入れるケースも多いようです。

このように自由に学校を選べる制度にはメリットも多くありますが、家の近所に学校のお友達が住んでいなかったり、入れ替わりも多いので学校への愛着や同級生との一体感が薄いというちょっと淋しい一面もあります。また、他の学校で問題を起こした子供が途中から編入してくることも頻繁にあり、学期ごとにクラス内の雰囲気(力関係)が変わるのも良し悪し。実は今回セドリックのイジメを率先して激化させた数人の子供達も、途中編入組みの子供達でした。

もう一つ日本の学校と大きく異なる点は、授業が午前か午後かしかないこと。これは私がこれまでに住んだ他のラテンアメリカの国でもそうでしたが、ほとんどの学校施設では午前と午後とで教師も学生も入れ替わります。稀に、午前は小学校、午後は中学校になる施設もあるそうで、この場合は学校名まで変わるとのこと。なんだか不思議。

ちなみに、小学校は7年間で、中学高校は日本のように別々ではなく一続きで5年間(専門分野がある場合は6年間)。なので、小中高と合わせて基本12年間なのは日本と同じ。中高の場合も同様に午前か午後のみの授業です。そう言えばルーカス(ダーリンの弟)も中高は午後クラスだったから、お昼頃まで寝ていてそれから学校、夜は暗くなってから帰宅していたっけ。なんか傍から見ていて不健康~~って思っていたんだった・・・。

それにしても、年間の祝祭日も多く、夏休みも3ヶ月近くあり、教師たちのストライキも頻繁に起こるこの国の小学生が、平日午前のみ、もしくは午後のみの授業時間数で学習ノルマをクリアできるのかいつも不思議に思っていました。そこで今回聞いてみたところ、半日だけでも一応5時限あるというので、主要教科の授業数は満たされるのでしょう。体育、音楽、図画工作は必須だそうですが、日本のように週に何時間もあるわけではなく、家庭科はなし。オヤツのお時間はあるけれど、給食も掃除の時間もないので、意外とタイトにまとめられるのかもしれません。

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これは学校じゃなくて、市の施設の体験セラミック教室に行った時の写真。

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真剣そのもの。ちなみにもう何度もここへ来ています。

こういうことが大好きなのがセドリックのいいところ、と思っている私。

というか、そもそも給食制度がないから(導入できないから?)半日なのかもしれません。日本では普通に給食が提供されますが、衛生面や運営面、そして支払いのシステムを考えると、どこの国でも実現できることでは決してないと改めて気づかされます。食事や給仕を通じて学ぶことはとても多いと思うので、やはり日本で教育を受けた者としては是非取り入れて欲しいなぁと思のですが。

掃除の時間も然り。自分達で使った教室やトイレ、そして先生達が使う職員室までも学生が掃除する、という発想と活動を取り入れることで、教室内や廊下、道端に平気でごみを捨てる子供が減るのでは、と常々思っているのですが・・・でも、社会格差の激しいこの国(これらの国、かな)では、安い賃金でお掃除を担ってくれる人々がいるので、子供達も「掃除の人が掃除するからいいんだ」と思っているよう。ここまでくると、単に教育だけではなく社会構造について考える必要があり、一筋縄じゃいきません。

と、話はそれましたが、日本とこちらの小学校ではいろいろな違いがあります、というお話。家庭科がないから調理実習室もないし、立派な実験器具を備えた実験室もなし、広い校庭も体育館もプールもないので、体育の時間は近くのスポーツクラブへ移動して授業を行う学校も多いです。ただし、高い学費のかかる私立学校になればもちろん話は別。設備面は比べ物にならないし、午前午後授業で昼食のサービスもあり、という学校も存在するそうです。

「日本でも私立はいいんでしょう?アマンダも私立出たの?」とよく聞かれますが、「日本では公立も遜色なく良いよ。私立に通うのはそんなにメジャーでもなくて、ほとんどの子は公立に行くもの」と答えると意外そうな顔をされます。そんなわけで、誰でも通える公立学校が充実していることは、実は国としてすごく大事なことなのだと日本を出てから改めて意識するようになりました。

さて本題の学校探しですが、幸い知人友人から勧められた評判の良い公立の小学校に空きが見つかり、今年の3月、4年生になったと同時に転校となったセドリック。初めの数週間は私もダーリンもそわそわしてしまい、週末に彼に会うたび「学校はどう?」とさりげな~く(ホントはきっと全然さりげなくなかった)問いかけていましたが、本人はいたって冷静。そして2,3週が過ぎた頃には、新しい学校の新しいお友達についても話してくれるように・・・

曰く、何人かうるさくからかってくる子達はいたけれど、相手にしなかったらそのうち何も言わなくなった、他の子達は概ね好意的で、学校に行けばみんなが「おはようセドリック!」と普通に仲間に入れてくれるようになったそう。既に新しいお友達の家にも遊びに呼んでもらったりしていて、とっても満足そう。

あ~~・・・良かった・・・!

正直、やっぱりものすごく心配していました。新しい学校でもお友達できなかったらどうしよう・・・とか。私たちが学校に突入して行って助けてあげるわけには行きませんものね。

ちなみに、前の学校でセドリックをいじめていた子供達は、彼の代わりに他の子供を攻撃するようになったそうです。学校側は相変わらず見て見ぬ振りなので、今標的になっている子(前にセドリックの友達だったけど離れていった子の一人)が今度は転校を考えていると、その子のお母さんが言っていました。そんな風にして、一時的にセドリックから離れて行った子供達が、学校が変わった今になってまた彼との友情を復活させ始め、5月のお誕生日会でも仲良く遊んでいるのを目にして嬉しくなりました。

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この一連の騒動ののち、私はじめ家族一同驚いたのはセドリックの変化でした。別の子かと思うほど態度が改まり、気がつけば生意気な口を利くことも、口答えすることも、イライラしたりプンプン怒ったりパパに突っかかってくることもほとんどなくなって、終始穏やかでにこやかな少年へと戻っていました。

そして、泣かなくなったのです。

以前なら絶対に泣いていたような場面でも、さらりと冗談を飛ばしてかわすようになったセドリックにある日気づいてびっくり。最初は気のせいかと思ったけれど、別の日、同じように皆にからかわれた時にもまた、ニヤリと笑いながら皮肉を効かせた冗談でやり過ごしているのを見て、これはいよいよ本格的な「泣き虫卒業」だぞ、と。それは、辛い経験を経て少しタフに成長したお兄ちゃんの姿なのでした。

最近の彼は、「お兄ちゃん、手伝って~」と私が呼ぶと飛んで来てくれ、疲れた私の顔を見ると肩を揉んでくれる。お買い物の荷物は率先して持ってくれるし、「ちょっとムスメちゃん見ててね」と頼むとムスメの横でごにょごにょ言いながら遊んでくれる。私がダーリンと口論になる度に私の味方になってくれるし、心強い限りです(笑)。大大大嫌いな部屋の掃除と片付けと、あんまり好きじゃない入浴をさせることだけがもの凄く骨が折れますが、それ以外は大きな問題もないかな。

なんて、このブログを書いていたこの週末、ダンボール4個分のガラクタおもちゃの整理整頓をめぐって、怒りん坊な私はともかく、あの穏やかなダーリンまでも絶叫させるほど激怒させていましたが。嫌いなことをやるよう言われると、一時的な記憶喪失に襲われて言われたことがどうしても思い出せなくなるのか、はたまた片付けなければならない場所周辺にバリアが張られて近寄れなくなるようです(爆)。

今回、この大きな彼の変化と成長を目の当たりにして、私自身すごく学ぶところがありました。それは、「本当に子供が辛い時には、厳しさよりも救いの手を差し伸べてあげることの方が大事」ってこと。日本人的根性論で、「転校なんて安易な選択で負け癖がつく。立ち向かってごらん」なんて言ってしまったけれど、辛さを訴えるセドリックの言葉をもっと信じて、新たなチャンスをあげることの方が大事だったんだと気づかされ、反省したのです。

自分の好きなこと(バレエ)が嘲笑されて、友達がどんどんいなくなって、自分の居場所もない、それを家族に分かってもらえないという思いが彼をあんなにも難しい子にさせていたのだと思うと、改めて胸が痛んで涙が出るほど。辛かったね・・・でも頑張ったね、と、いじめられながらも頑張って数年間通い続けたことをむしろ褒めてあげるべきだったのかもしれません。

実はセドリックにはもう一つ不思議なところがあって、大のぬいぐるみ好き。9歳になってぬいぐるみはないだろうと、ある日冗談交じりに「そのぬいぐるみへの情熱はどこから来るの?」と尋ねてみたところ、意外な答えが・・・。

セ「それぞれのぬいぐるみに別々の役割がある」

私「??どんな役割??」

セ「僕が辛い時に助けてくれたり、なぐさめてくれるんだ」

・・・・この子は、一体どこまで繊細なんだ・・・・(涙)。

最近よく理解できたことは、彼を幸せにするものはおばあちゃんが買い与えてくれる高価なプレゼントや新しい服ではなく、”一緒に何かをする”こと。共に過ごす時間としっかり感じられる愛情こそ、彼が求めているものなのだということ。だから今はどんなに忙しくても、どんなに詰まらないことでも、セドリックが一緒にやりたいと言うことはなるべく手を止めて一緒にやるようにしています。

前回書いたとおり、離婚家庭の子だからぐれるという方程式はないけれど、やっぱり親が別々に暮らしている場合、子供の側にも苦労は絶対にある。それは日本の社会が作り出す暗いイメージの「片親」とか「母子家庭」とか「だからぐれるのは当たり前」という類のものとは大きく異なるけれど、それでも子供なりに適応していく力が必要なのは確かでしょう。

でも、学校の宿題の「ファミリーツリー」にピカとピカの彼、ダーリンと私だけでなく、私の日本の両親まで家族としてしっかり書き込んで持って行くセドリックには、彼を愛する家庭が2つある。だから安心して育ってね。二つのカップルとその家族があなたを心から大事に思っていて、あなたの味方なのだから。

今週火曜日、この街一番の劇場で開催されたバレエの中間発表会。舞台で踊るセドリックをピカとダーリンとムスメで見守り、改めて彼を誇りに思う気持ちで胸が一杯になりました。ムスメにこんなお兄ちゃんがいてくれて良かった。私の人生にセドリックがいてくれて良かった。

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ちょっとだけオメカシして夜のお出かけに大喜びのムスメ。

出演者のお兄ちゃんは忙しくって写真が撮れず・・・!!

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場内暗くて写真ボケボケです。スイマセン。

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思えば半年前、お兄ちゃんの晴れ舞台を見せたくて、初めてムスメを連れてここへ来たのでした。

これからいよいよ思春期突入となり、また難しい状況に直面するかもしれません。でも、セドリックの良いところを信じて、たとえ間違ってもいつも傍で見守る気持ちで、一緒に悩んで考えて、一緒に成長していこうと心を新たにしたのでした。