アルゼンチン暮らしIROIRO

アルゼンチン在住ライターの日々の想いイロイロ

一人っ子の夏休み

セドリックが長い長い夏休みに入って、早1ヶ月。

この国ではだいたい12月頭から2月末までの約3ヶ月間、小学校から大学まで全ての教育機関がお休みになります。その他にも、私が通っている民族織の工房や各種習い事のお教室などもほとんど閉まり、特に1月は多くの人がバケーションに出てしまうため、町全体がなんとなくひっそりと”墓場””留守宅”の雰囲気を漂わせます。

ラテンアメリカでの生活も満8年を迎えようとしている私としては、これまでも他の国で似たような状況を目にしてきたはずですが、去年初めてセドリックが3ヶ月間の夏休みを過ごしているのを間近で見て、なんだか改めてびっくりしました。こんなに長い期間学校がお休みになる上、ほとんど宿題もない子供達。果たして学んだことを忘れずにいられるんだろうか??と疑問も大きく、夏休み明けには復習のために相当の時間を割くと聞いて、効率悪っ!と思ったものです。

でも、学習云々以上に大変なのは、きっと親たちの仕事量が激増すること。そもそも私が住んでいる町では他の多くの国や町と同様、治安の関係上、子供達だけで集まって道端で遊んだりする光景はまず見られません。厳密に言えば住んでいる地区にもよりますが(田舎よりになるとそんな光景もたまに目にします)、日本とは違って子供達だけで学校へ通うこともないように、親の同伴なくして子供が外へ出ることは原則ありません

そうなるとどうなるか。大人が付きっきりで面倒を見ることになります・・・。習いごとへ連れて行ったり、お友達の家に送り迎えしたり、そうでなければ自宅で遊ぶのに付き合ったり。それが長い夏休み中続くとなると、これはもう相当の仕事量。子供達は学校が休みでも、親たちの仕事までお休みなわけじゃないので、家族総出で助け合いになるようです

そこで登場するのがおじいちゃんおばあちゃん。習い事もお休みになってしまうこの期間、孫の相手をして過ごすお年寄りは多いです。でもそんな姿を見て思うのは、子供が子供同士で遊ぶ機会が圧倒的に少ない!ってこと。

自分の子供時代を思い出してみると、大人に遊び相手になってもらう、なんてことはまずなかったし、発想としても持っていなかったな~と思います。夏休み中もお盆などで両親が揃って家にいる時以外は、外を駆け回っていたか友達の家へ遊びに行っていたか。当たり前に思っていたそんな環境も、今から思えば、日本の治安の良さの恩恵だったんですね。

お天気が悪ければ自宅で遊んだりもしましたが、絵を描いたり、針金やビーズでこちゃこちゃとアクセサリーを作ったり、着せ替え人形やリカちゃん人形で遊んだり、一人遊びもかなり好きだったので、親に相手になってもらわないと遊べなかった記憶は皆無。せいぜい5つ離れた姉に嫌がられながらも付きまとったぐらいでしょうか。

ところが我が家のセドリックを見ると・・・先述の通り、まず外に一人で遊びに行くことはありません。更にお友達のお家へ連れて行くにも、そもそも日本の学区制度のようなものがないので、隣近所の子供達がみんな同じ学校に通っている訳ではなく、訪ねて行くのも一苦労な距離にあったりします。これで兄弟でもいれば話は全然違うのでしょうが、彼の場合は可哀そうなことに一人っ子。他の子供と遊ぶチャンスが全くと言っていいほどありません。

平日は自宅で仕事をしているピカ(お母さん)の家であまり構ってもらえないようで、パソコンで映画を観たり、ゲームをしたりして長い時間を過ごしている様子。その反動と欲求不満もあるのでしょう。我が家にいる間は、一人でいようとは絶対にしません。どうしても私達が忙しくて「ちょっと一人で遊んでて」なんて言おうものなら「なんで一人で遊ばなくちゃいけないの」「一人で何をしたらいいのか分からない」と癇癪を起してしまう始末。

一人っ子で、しかも週末しか会えない彼を不憫に思い、ダーリンは朝7時から夜11時までべったり相手をしてあげてきたので、我が家では”一人遊び”という発想も習慣も育たないまま今日に至ってしまったようです。姑にとっても唯一の孫なので、ネコ可愛がりぶりも凄まじく、あれじゃあ「小皇帝」になってもしょうがない・・・。そんなセドリックを傍から見ていると、なんかちょと可哀そうになったり、心配になったりすることも。

例えば、いつでも主役になれて、何でも主張が通って、ゲームでも常に勝たせてもらえる大人達との遊びに慣れてしまった彼は、譲ったり譲られたり、勝ったり負けたりするような子供同士の遊びに魅力を感じられなくなっているようで、「友達なんて興味ない」と言ってみたり、子供が集まる場所に連れて行っても混ざろうとしなかったりと、社会性のなさは顕著です。しかもものすごい内弁慶で、家の中では強気な王様ですが、一歩外に出ると一人でトイレに行くことすらできません。もうすぐ7歳になるのにねぇ・・・。

そんな彼と本気でゲームをして、完膚なきまでに叩きのめすのは私ぐらい。勝つばかりでなく、負けを認めるのも大事!と私は思うのですが、ダーリン一家からは白い目で見られます。でも以前は負けるたびに怒って泣いていたセドリックも、意地悪な私のおかげで最近は負けても「もう一回!」と食い下がって来るようになりました

さて、夏休みのもう一つのオプションとして、サマースクールに通わせる、というのがあります。セドリックも去年は1ヶ月間ほど平日の午前中に通っていましたが、そこでもあまり適応できなかった様子。なにせ他の子供達と朝合流しても挨拶もしない殿様ぶり(引込み思案でもある)なので、結局最後までお友達らしいお友達もできず、スクールでも孤立していたようで、本人も楽しくなかったみたいです。

でもやっぱり、子供は子供社会の中で喧嘩したり仲直りしたり、認めたり認められたり、助けたり助けられたりしながら学んでなんぼ、と私は思うし、今年も短期間であったとしてもスクールには行かせた方がいいんじゃないかな~と思っていました。ダーリンもそれには一応賛成だったので、来週からいよいよスタートすることとなったのですが、果たしてどうなるでしょう・・・。

そんな一人っ子の孤独で長い夏休みを見ていると、この国で遊び相手となる兄弟がいるかいないかって、子供の成長上とっても大きいかもって思うわけです。兄弟がいないのも、両輪が離婚しているのもセドリックの責任じゃないし、頭がとっても良かったり、感受性が豊かだったり、好奇心旺盛だったり、自然をこよなく愛していたりといいところも沢山持っている子なだけに、こんなに小さなうちから人嫌いになったりして閉じこもってしまわないで欲しいな。

今はムスメちゃんの誕生を心待ちにしている彼ですが、きっと実際に生まれてみたら、常に宇宙の中心でいられた自分の立場の変化に気が付き、戸惑ったりもすることでしょう。でもそれが彼にとっても社会性や自立心を育てるポジティブな経験、他の誰かを気遣ったり助けたり出来るようになるいいきっかけになったらな~、と心から願うのでした。